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食育学校

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「食育」の一端を担う

野田味噌商店の名前ではピンとこない人でも「ますづか味噌」といえば知っている人も多いはず。以前はテレビ、ラジオのCMも流していたというが、7年前からいっさいやめてしまった。それは、野田さん(名刺には無限責任社員と書いてある)がめざす味噌屋のありかたに基づいた考えからである。

その考えに立って野田さんが進めているのは、大豆作りから始まる味噌になるまでを、工場見学を通して子ども達に伝えること。自社のフィールドである「味噌」を通して「食育」の一端を担えればという思いからである。
そのせいか、工場見学で一番多いのは学校、次は役所関係の研修などである。どんな経緯で見つけたのかデンマークの国営テレビ放送の取材もあった。ところで、一般の人でもある程度の人数なら連絡の上、工場見学ができる。しかし、この頃はやりの観光バスで乗り付けて最後はお土産コーナーで試食、というのはない。
まず、本社三階の机の並んだ部屋へ。そこでは、大豆を育てる過程から説明が始まる。
「7月、大豆の芽が出てくるんだよ」とか「花は葉っぱを持ち上げて探さないとわからないくらい小さいんだよ」と、写真を使っての説明をしてくれる。この段階から子ども達は案外真剣に話を聞いているらしい。「9~10月には枝豆ができます。大豆と枝豆は同じなんだよ」といって枝に付いたままのものを見せてくれる。
「11~12月には乾燥してこうなるよ」と大豆の粒を見せて食べさせてくれる。煎ったり、茹でたりしてないから大豆そのものの味。みんなそれぞれの感想を口々にいっている。
そして、去年の枝と今年の枝を比べて見せる。今年の枝は去年のものより小振りだ。
「今年は長雨であまり暑くならなかったから去年より不作だったんだ。でも、しょうがないよね、自然だから」味噌は自然に生まれた大豆からできるんだということがポイントである。

「食育」の一端を担う
そしていよいよ工場見学に!

まず、大豆は洗浄槽の中で洗われる。白い泡が立っているが、これは大豆の表面に付いている物質によるもので、水のみで一度に6トンもの大豆を洗うことができる。
次に大豆は大きな筒状の圧力釜に入れられる。洗った6トン分をそのまま入れることができる釜が二つ並んでいる。ここで大豆は水に浸されるのだが、浸水時間は季節や大豆によって違ってくる。水を抜くタイミングは今でも職人が大豆を指先でつぶして、その加減で決めている。最後の勘所は人の手なのだ。
蒸し上がると重さをはかり、味噌玉をつくる。それに種麹をつけ室(昔でいうところのムシロ)で豆麹が育つのを待つ。でき上がった豆麹に水と塩を加え大樽に仕込んでいく。昔はこの工程には20~30人の職人が従事していたそうだ。今では多いときで4人、少ない時は1人でできるようになった。工場での仕込みはここまで。後は蔵にある樽で醸造される。
15の蔵の中には約400個の樽がある(何10年も前から使っている樽、中には100年も前から使っているものもある)。今も大切に使われていて、樽の高さは三メートル近くあり、直径3メートル、14、5トンの味噌が入る。

昭和30年代から近代化が始まり各地でステンレス製の容器に樽が替えられていった。その時、先代の社長は樽での醸造にこだわり、不要になった樽を壊す前に引き取りに行ったという。
蔵にもその考え方は反影されている。たとえば、戦前からある蔵で、戦時中は弾薬や食料を保管する格納庫だったのものとか、廃校になった小学校を譲り受け移築したものもあり、「ここが廊下だった後です」といわれれば、確かにこの幅はそのくらいかな、と名残が偲ばれる。

夢は「蔵の学校」

野田さんの夢は、この建物の一室分を教室に戻し、木の椅子と机を並べて「蔵の学校」をつくること。ここで味噌づくりを軸に自然に則った伝統的な食のあり方を学ぶ「場」にしたいという。すでの昔懐かしい椅子と机は譲り受けてある。
「50人ほどの小学生が一度に見学に来たら大変なことになりませんか」と聞いてみたところ、「この大きな樽が並ぶ風景、におい、空気。ここに来るとみんな落ち着いて話を聞いてくれますよ。」
蔵の中では、味噌になるまでじっくり1年半。
いや、本当のところ1年でも味噌はできているのだが、まだ若い味がする。「うちでは1年半を出荷の時としているだけです」とのこと。深みが増す頃なのだという。
「蔵があってその中に樽が並び、その中では味噌がじっくり醸造されていくんです。味噌は育っているんです。だから私達は味噌をつくっていないんです」確かに、蔵の中には野田さんが毎年、元旦に新しく曲を変えるというオルゴールの優しい音色が流れているだけだ。
時間と蔵と樽が味噌を育んでいる───。
他の多くの工場では、味噌は温度を上げて早く醸造が進むようにする促醸法が味噌づくりの大半を占めている今日、野田味噌商店では蔵の温度調節はしない。四季折々の自然のままに過ごしてこそおいしい味噌になるという考えからだ。

2003年、野田味噌商店は農林水産大臣賞を受賞した。毎日食べるものを本当の意味で「普通」につくり続けたことが評価されたそうだ。特別な一握りの味噌(一つの樽で一割ぐらいしかできない中心部分のトロ味噌)への評価ではなく、一樽まるごとおいしいということだったのだろう。野田さんは「去年、一昨年はいい大豆が採れましたからね」と、いたって自然体。
今回の工場見学は味噌をつくっているところを見てきたというより、味噌がじわじわとおいしく育っていくのを感じてきた、というのがしっくりとくるのかも。

夢は「蔵の学校」 夢は「蔵の学校」